マケレレは時を止められる男である

 W杯での準優勝という結果のおかげで、ドメネクはフランス代表監督の続投を果たした。しかし、ジダンら3人を三顧の礼で呼び寄せ、それによって予選を突破し、好成績を収めた指揮官に未来などあるのだろうか。そんななか、俄然、注目を集めるのがマケレレの招集だ。二度目の引退をしたはずの男に届けられた切符に、モウリーニョは激しくおかんむりだ。勢い余って「選手に人権はないのか」とぶちあげたところ、当のマケレレが招集に応じる旨を発言。33歳の両腕を引き合う二人の「嫌われ者」は、今やすっかり引き立て役となっている。


 33歳のマケレレは、今もって欧州サッカー界のVIPである。今回の騒動は、彼が代えの利かない選手であることを如実に示している。
 思えば、飛ぶ鳥を落とす勢いだったレアルマドリードが崩壊したのは、マケレレが去ってからだった。「ジダンのガードマン」だった当時、彼はサルガドと並んで最もコストパフォーマンスに優れた人材だったはずだが、レアルは彼の「賃上げ要求」に応じず、あっさりとチェルシーへ売り払った。バカな話である。彼は、フィーゴの獲得に莫大な資金を投じた年、ミランへと放出したレドンドの後釜として獲得した選手である。タイプこそ全く違うわけだが、彼がレドンド放出の帳尻を合わせるパフォーマンスを発揮したことは結果が示している。しかも、翌シーズンのジダン加入を受けて、チームに欠かせないパーツとなったことは誰の目にも明らかだった。マケレレの放出以降、「世界一のクラブ」がリーグ優勝の美酒を味わっていないことは、それがいかに取り返しのつかないミスだったかを証明している。戦術的には、デルボスケとイエロの離脱を超える失敗だったように思うが、いかに。
 そして、モウリーニョ就任以降のチェルシーの無敵ぶりもまた、間違いなくマケレレに負うところ大である。チェルシーがプレミアの勢力図(マンUとアーセナルの2強体制)を塗り替えられた最大の要因は、アブラモさんの資金力ではない。中盤に4人の選手をフラットに並べるイングランドスタイルを捨て、守備的ながら両ウイングを配置するというモウリーニョの戦術が功を奏したからだ。それができたのは、一人で中盤の底を支え得るマケレレがいたからに他ならない。また、今とは比べものにならない小僧だったランパードやテリーをレギュラーに据えられたのも、マケレレの存在あってこそであろう。
 つまり、モウリーニョの怒りは、むしろそれだけマケレレの価値を理解しているからである。彼にとっては、現時点では、他のどの選手よりも代表には送り出せない選手なのだ。
 今期、よせばいいのにシェフチェンコとバラックを獲得したチェルシーは、マイナーチェンジを迫られている。シェヴァの加入は、モウリーニョを2トップの採用に踏み切らせたが、昨季のチェルシーが得点に固執しない1トップ=ドログバ、クレスポによって成り立っていたのは否めない。むろん、指揮官にとっては、ここ2年の結果をふまえ、チャンピオンズリーグを制するにはワールドクラスの点取り屋が必要だという判断があったのだと思う。しかしまた、改革がうまくいくにしても、シーズン序盤でもたつくことは避けられまいとの腹もあるだろう。
 モウリーニョはそのうえ、ランパードとバラックの併用という、恐ろしく困難な命題を突きつけられている。現実主義者の指揮官が、4人がフラットに並ぶ中盤を採用し、彼ら二人を中央に据える形を夢見ているとは、とても思えない。経過はともかく、最終的には彼らの背後に黒子役を配置することになるのではあるまいか。そしてその役割をこなせる選手は、汚れ役に徹することを厭わず、しかもポジショニングに優れていなければならない。現在のエシアンでは、明らかに役不足だ。マケレレがその役割を全うできたときに初めて、彼はその姿を手本にして代役をこなせるようになるだろう。むろん想像の粋は出ないのだが、モウリーニョには、そうした計算があるのではないかと思う。というより、そもそもバラックの加入が、マケレレの代表引退を見越した上での「チャレンジ」だったのではないかと思えるのだが。

 さて、お次の標的は、ドメネクだ。W杯におけるフランスの好成績は、ジダンではなく、テュラムとマケレレの偉大さを再確認させてくれた。極論しよう! 準優勝の功績は、彼ら二人にこそあり、ドメネクには全くない。なぜなら、欧州予選でスコアレスドローを続けたフランスは、本大会に苦戦が続いた。彼らが変わったのはグループリーグ最終戦で、それはつまり、彼ら二人がチームを掌握した瞬間なのである。PKを決めてはしゃぐジダンを、二人が叱り付けたシーンを思い出してもらいたい。誰がキャプテンマークを巻こうとも、そんなことは関係ない。しょせん、監督が決めることである。
 フランスが息を吹き返したのは、原点回帰を果たしたからに他ならない。テュラムはブランを演じ、マケレレはデシャンを演じた。そして最盛期に乗り遅れた若手選手たちは、子供の頃に目に焼き付けたブルーの姿を追ったのである。タイトなディフェンスに、スピーディでダイナミックなリアクション。ブラジルの個人技を押さえ込んだのは、勤勉な彼らの働きぶりであり、ジダンやアンリの個人技などではもちろんない。そして、チームのイニシアチブを掌握し、原点回帰を果たす方向性を決めたのは、テュラムとマケレレに違いないと思う。無能な指揮官が欧州予選を通じて暖めてきた戦術が実を結んだなんてことは、絶対ない。また今大会ブレークしたリベリーにしても、マルダの「痔の手術」によってスタメン起用されたときには、左サイドのポジションを与えられていた。それはつまり、ドメネクが抜擢したわけではないことを示す。いつもと違う逆のサイドを任され、不自由そうに左脚を使っていたのは誰の目にも明らかだった。その後、本来の右サイドで起用されたが、これを監督の手腕とするのはいかにもおこがましい。なにせ、彼はピレスやジュリを呼びたくないから呼んだ人材に過ぎないのだから。
 繰り返し、言う。フランス準優勝の功績は、テュラムとマケレレにある。あるいは別の意味で、ジダンにあるかもしれない。なぜなら、彼ら二人はジダンの要請によって復帰したのであって、ドメネクが彼らを呼び戻したがったのではないからだ。実際に、テュラムはいったんはそのことを認めていたはずである。
 話を戻そう。続投を果たしたドメネクにとって、テュラムとマケレレの確保(代表続行)は死活問題である。テュラムについては、運良く口うるさいユベントスを離れたおかげで、早々に約束を取り付けられた(仮に残っていたら、ネドベドのように引退を表明したことだろう)。問題なのは、ユーベ同様に「うるさ型」のクラブであるチェルシー(というよりモウリーニョの下)にいるマケレレである。ワタクシなどは、喧嘩を売ってまで固執するドメネクの姿に少々気も引かれたのだが、実際にはすでにマケレレとの口約束があったのだろう。今から思えば、「マケレレには人権がない」とまで罵ったモウリーニョのほうこそ、いい面の皮だ。
 しかしまあ、マケレレという男には恐れ入る。彼がスターだったことは一度もないのだ。ポジションがボランチとはいえ、ライカールトやレドンドのような押しも押されもせぬ花形選手も数多い。あるいは、ガットゥーゾやロイ・キーンだって汚れ役ながらもやはりスターではなかろうか。その点、マケレレには華がない。それでいて、仕事はきっちりこなす。例えばW杯のポルトガル戦、最大の殊勲者だったのはデコを完封したマケレレに他ならない。3位決定戦でドイツが勝てたのも、あの試合をよく見ていたからに他ならないと思う。しかし、それでもマケレレは多くを語らない(少なくとも、日本で彼のインタビューが紹介されることは極めて少ない)。思い出すのは、レアル時代のインタビューだ。ギャラクシー軍団の中で黒子役を続けることに不満はないのかと問われ、「そりゃあ、できることならガンガン攻めたいさ」と答えていた。そうなのか?と思わず耳(まあ、目だけど)を疑ったものである。
 もっとも、チェルシーでもフランスでも、カウンターを喰らった瞬間、彼がどこにいるのかを探してしまう。そしてその瞬間こそ、現在のサッカーの勝敗を決める最も重要な瞬間だ。彼の仕事は、いるべきときにいるべきところにいて、無理をせずに時間を稼ぐことにある。リスクを負ってボールを奪うのではなく、自陣に戻ってくる味方のために少しの時間を稼ぐことにある。そして、その仕事が今もって世界で一番うまい彼は、いわば、ほんのちょっとだけ時を止められる男なのだろう。サッカーという攻守が頻繁かつ即座に入れ替わるスポーツにおいては、その異能ぶりは何者にも代え難いのだ。


 ところで、本誌(?)「高スポ★オンライン」において、「オシムの船出」を連載中(?)であります、一応。

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この記事へのコメント

荒木
2006年09月01日 23:33
記事を書いたときには知らなかったのだけど、マケレレさん、やはり引退したいのですな。
そういえば前回の「引退」のときも、他の主力メンバーとは時期をずらし、一人で親善試合かなんかに参加して、「自分の責務は果たした」とかなんとか言って寂しく去っていったしね。
いずれにしろ、ドメネクにはとっとと辞めてもらいたい。
リンカ
2006年09月02日 02:13
マケレレにはうっとりですよね。

そうそう、PKの後にテュラムとマケレレにお説教されてましたね、ポジションのことかなtって思ってました。
2006年09月03日 07:46
いつもながら読み応えのある明晰な名文
深く頷きながら読ませていただきました。
日曜の朝に得した気分です。

え?本誌の方に新連載「オシムの船出」?
早速飛んでみよう!(シュワッt!)
そいえばオシムもしょっちゅう「水を運ぶマケレレのような選手がチェルシーを支えているんだ」とか言ってますね。

荒木
2006年09月03日 17:05
リンカ様、bella様、コメントありがとうございます。
励みになります。

ふと思ったのですが、マケレレはフランス→スペイン→イングランドと渡り歩いているわけで、イタリアにいたことはないんですよね。セリエではやはり、得点に絡めない守備的MFはあまり賞賛されないので、彼が大成したことは、そこに大いに関係あるのかもしれませんね。ちょっと皮肉な気もしますが。

朝青龍
2006年11月28日 16:29
鈴木啓太は日本のマケレレと呼ばれているらしい・・・
殺りますか?
トリンコ
2006年12月03日 04:31
リベリーはクラブでは左サイドをつとめてたから、別に苦手ではないと思います。
マケレレの後継者としてはマブバに期待ですね。昨季のボルドー躍進のキーマンだったらしいし、まだ若いから期待大です!

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