大久保はエゴイストじゃない

 オシムのコメントは相変わらず的確に思えるのだが、それをきちんと汲めるだけの理解力が受け手側には足りないのか――。本田と大久保がエゴイストだったという意味は、「効果的な攻撃をするために何が必要なのか」を問うているのであって、彼らが頑張っていないとか、そういうことはまったく言ってない。オシムは、エゴイズムの先に未来はない、と言っているだけだ。本拠地の方で「3戦続けてあれを前線に強いるのはあんまりだ」と書いたばかりだが、要するに彼らは我慢できなかったのだろう。



 1トップがボールをさばかなければ味方は上がってはいけず、今の日本のような守り方をする限り、攻撃の時間をつくることは難しい。だから本田は、「パスを出した後で動き出せば、もっと良い態勢でボールが返ってくるはず」と考えなければならない。それが1トップの持つべき意識で、そうでないのだとしら彼はエゴイストだということだ。「敵陣でボールをもらい、そのまま単独でドリブル突破を果たし、ゴールを陥れられる選手」がこの国に生まれるまで気長に待つというのなら、それはそれで結構だが。

 また、オシムが考えている日本の攻撃の姿とは、「シュートを打てる余裕があるときに打つ」のではなく、「パスを回し、選手が動き、より可能性の高いシュートを打てる選手をつくること」なのだ。そもそも、代表で大久保のシュートが枠に飛んだ記憶なんて、ワタクシには彼がゴールをみずに打ったときしか思い当たらないのだが、どうだろう。そう。「大久保の思い切りが、単にゴールを見ないでシュートを撃ちまくっているからだということもわかったことだろう」とワタクシが書いたのは2008年1月のチリ戦の後である。その後の4月には、「大久保や山瀬のような“数打ちゃ当たる”シューターに依存する攻撃には、不安を覚えずにはいられない」とも書き、オシムからチームを引き継いだ岡田監督に疑問を呈した。つまり、今の岡田ジャパンは後戻りしているのであって、オシムの言葉の真意はそこにあるのだと思う。だから彼は、中村俊輔や遠藤のプレーを挙げて自戒する。二人のスローなプレー振りには自分にも責任があると口にする。

 岡田監督のやっていることは、本当に馬鹿げたことだ。例えば、「遠藤の走る距離が最も長かった」とメディアは盛んに言うが、そうじゃあないだろう。岡ちゃんは、遠藤に敵陣までプレスに行く役を課しているのだ。つまり、日本がボールを奪われた直後に彼がボールを奪い返せれば、そのまま格好のチャンスになる。信頼するパサーが敵陣でフリーになれる唯一のパターンとして戦術の一つに組み入れているから、必然的に遠藤の走る距離は長くなるのだ。ここまでの試合を見ていれば、それがことごとく失敗しているのは言うまでもないし、その責任の一端が同じサイドにいる大久保にあるのもまた、言うまでもない。にもかかわらず、ようやくフリーになれたと思えたときに、そのまま枠に飛ばないシュートを放つから、大久保はエゴイストなのだ。「シュートを打たなければ点は入らない」などと言う人間には、彼がこれまで代表で何点取ったか知っているのかと問いたい。彼の得点はほぼ同じ出場試合数の中村憲剛と同じ5ゴールで、得点率はより低い。しかも、2009年以降は1点も取っていない。こんな選手に積極的にどんどんシュートを打てという代表監督がいたら、早晩、解任されるだろう。

 シュートシーンだけをみて一喜一憂するのは、不毛だ。何の意味もない。「自分で突破したのだから自分でシュートを打ってもいい」などという頓珍漢なコメントまでみたが、じゃあ、自分で奪ったボールなら松井はどんな場面でも全部ドリブル突破に行ってよいし、闘莉王もすべてオーバーラップしてよいのだろうか。日本がカメルーンに勝てたのは、そういう馬鹿なことをしなかったからじゃないのか。
 前線の3人に対し、すべての試合で不毛な攻撃と過酷な守備を強いるのは、確かに無理があったと思う。だからこそメンバーを代える必要性を示唆したのだが、味をしめた岡田監督は同じ顔ぶれでオランダ戦に臨んだ。そして先制され、中村俊輔を送り出す暴挙に出て、勝てるチャンスを無駄にした。オランダの守備は簡単に集中力を欠くので、これから松井のいやらしさ(もちろん、これは最大限の賛辞だ)が効いてくるはずだったのに。
 0-1のスコアを善戦と捉えるのは勝手だが、問題はあくまでディティールだ。そうでなければ成長はない。岡崎のゴールが入っていれば・・・・・・と思いたいのはワタクシだってそうだが、そのときは逆に川島が3ゴールを許していたかもしれない。

 ちなみに、オシムがどう考えているかはもちろんわからないが、ワタクシが考える彼の大久保に対する評価は、以下のとおりだ。大久保はエゴイストではなく、信頼してくれた人間を裏切る馬鹿者なのだと思う。なぜなら彼は、オシムが呼んだわすか2試合で2得点している。

 オシムが大久保を外すのは、彼のプレーぶりによるはずだ。強引な突破とひとりよがりなシュートは、相手DFとの実力差に最も左右されるプレーだ。同じことを欧州や南米の強豪相手にできるのかと問われれば、答えは明らかである。はっきり言ってしまえば、彼は世界で通用する選手になる可能性を自ら捨ててしまっている。少なくともオシムには、そう見えているのだと思う。田中達也と比べたとき、いつどのタイミングでシュートにいくか、どんな状況でドリブル突破を仕掛けるべきか否かといったプレーの選択の部分で、大きな差があるといわざるを得ない。それは、口で言って伝わるものではなく、自ら気づかなければならないことなのだ。
 「指揮官への反乱なくして反町ジャパンに未来なし」 http://bullcat.cocolog-nifty.com/takaspo/2007/09/post_95e7.html

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